メルマガ第2号

▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲TMM [ Tohoku Process Work Club Mail Magazine]


▼目次▼
■巻頭言 「人間関係を深めるには」    岳

■エッセイ「遊び心」            すみれみか

■謎美とたけの一問一答 「既知と未知」    謎美+岳

■編集後記


▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲【巻頭言】
■「人間関係を深めるには」
人間関係を楽しく持続させるには、何が必要なんでしょう?
あなたと、あなたの愛する大切な人との間にあるものはなんでしょう。血のつながりがあったり、全くの他人だったり、同じ目的をもっていたり、何かのご縁があって出会いやつながりが起こります。
人との関係ほど、歓びをもたらしてくれたり、苦しみや哀しみを与えたり、気持ちやからだに浮き沈みをさせるものはないかもしれません。仕事がら、いろんな方のお話を伺いますが、人間関係の悩みを抱いていない方は、とても少ないと感じます。
ある人との関係を深めたいと思う。あるいは、ある人との関係を変えたいと思う。そういう思いが浮かんできた時、あなたはどうされますか?
こういう時によくみかける落とし穴は、相手を変えようとすること、相手だけを変えようとすることではないでしょうか。そして、次にある落とし穴は、変わらないのは相手が悪いのだと相手にせいにすることです。こうなると、だいたい、人間関係が楽しくなくなってしまいますね。相手を避けはじめます。
ボクも、これを何度も何度も繰り返してきました。それで最近ようやく、この落とし穴を手放すことができるようになったところです。
関係を深めるには、相手を変えようとすることと相手のせいにすることを手放し、自分が変わる選択をすることです。
これが大変そうに見えますが、一番楽な道かもしれません。

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■エッセイ「遊び心」         すみれみか
たけさんのワークショップの事務局をさせていただいているすみれです。やすさんからのバトンを受け取り,エッセイを書かせていただきます
私はたけさんとの出会いを通してたくさんのことを学ばせてもらいました。
ここでひとつを挙げるとすると・・・「遊び心」を持つ,ということかな。
平穏に,時に起伏に富んだ人生を生きていく中で私にはとてもそれが必要だということに気づきました。
遊び心を持つ・・・言い換えれば,余裕,ゆとり,一呼吸の間をとること・・・?う~ん,どれもしっくりこないな~やはり,「あそびごころ」がぴったりきます。
何かに取り組むとき,真っ向勝負も大事だけれど,少しの遊び心を忘れなければ肩の力がするすると抜けていくのを感じます。
思えば,自動車のハンドルだって,「あそび」がとっても大事ですよね。
遊び心を持っていると,自然に自分を客観視できるようになります。そして,常に,ちょっと離れた,ちょっと高いところから,自分を取り巻く今を眺め渡すこともできるようになってくる,ような気がします。
さらに,考えてばかりの私が,感じることの大切さにも気づきます。
いみじくも,先般,ノーベル化学賞を受賞された根岸さんが「遊び心をもって(研究に取り組んだ)」とおっしゃっていましたね~
遊び心,オススメです♪

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■謎美とたけの一問一答 謎美+岳
「既知と未知」
謎美・・・ 岳さん、よろしくお願いします。岳・・・ はい、こちらこそよろしくおねがいします。
謎美・・・ 岳さんは、世界を既知と未知に分けて説明しますが、未知とは、身体症状、問題、葛藤、夜に見る夢など、具体的に自覚できるものを指すのですか?

岳・・・既知とは、知っているこちら側の世界です。未知とは、知っているこちら側の世界の向こう側にある知らない世界です。自分で起こしているのではないのに、起こって来る何かを通してその存在を知りますね、それが意識に、(身体)症状、問題、葛藤、夜にみる夢etc,,という回路を通して、近づいてくるのですね。
つまり、人は、既知と未知とを行ったり来たりして、変化していく存在です。知っている世界では、安定しますが、そこにずっといつづけると退屈しますよね。ですから、新鮮に生きていくには、行ったり来たりすることを薦めます。
謎美・・・ どうやって行ったり来たりできるのですか?
岳・・・ 今、生きている既知を大切にすることが最初ですね。一生懸命生きている自分を肯定してあげること。そうすると、どんな未知が自分に近づこうとしているかが、見えてきます。そうしたら、それをよく見て、聞いてみることです。それが、今の自分にとって時期が来ていることなら、向こうに一歩二歩行ってみたら良いのですね。そこから引き返しても良いし、そこにとどまってもよい。さらに進んでもよいのです。そうやって行ったり来たりしたら良いのですよ。

未知も自覚に近いすぐそこに見えるものから、向こうにあってよく見えない遠いものと、グラデーションがあるということでもあります。知る準備のできたことを知っていくわけですよね、当たり前のコトですが。
人は、世界を必要以上に難しくしてしまいがちです。本当は、未知が近づいて来ているのに、知らないふりをし、それを否定し、隠し、忘れてしまいます。そして、既知の仲でぐるぐる周りつづけてしまうんですね。
そうしないで、 目を醒まして、既知と未知を見てみる。魅力的なら、既知と未知とを行ったり来たりしてみる。
生きるってことは、その位シンプルなもので良いのではないでしょうか。

メルマガ第一号

TMM [ Tohoku Process Work Club Mail Magazine]
▼目次▼
■巻頭言 「のびる力ととめる力」岳
■エッセイ「東北なるもの」やす
■ワークショップの感想 ミキティ
■謎美とたけの一問一答 謎美+岳
■次回ワークショップ情報 TPWC ,ここよろ
■編集後記
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【巻頭言】
■「のびる力ととめる力」     岳
 人間には誰でも、未知へ向かってのびていこうとする力と現状に止まっていようとする力があるのではないだろうか。のびる力は、太陽へ向かって伸びようとする成長のエネルギーであり、止める力は大地へ根を張る安定のエネルギーだ。
 植物たちは、「本当の自分は何だろう?」なんて考えもせず、太陽があれば無心に成長していく。かたや人間には、心があり、迷いがあり、人間関係にしばられる。無心にのびようとする何かが起こっても、気がつくと自分で止めていたりもする。
 植物たちは、「ニンゲンデアルコトハタイヘンダナー・・・」と言うだろう。
 
 さあ、人間の皆さん、少しの間、今していることを一旦停止して息をゆっくりとはき出してみませんか?
「ハーーーー」。。。。。
それから、おなかをゆるめて息を深くからだに入れてみませんか?
3回繰り返して見て下さい。
自分のスピードを落としてみた所で、心に聞いて見て下さい。
 今、自分にとって“のびようとする何か”があるとすれば、それはなんだろう?そして、それを“止めようとする何か”があるとすれば、なんだろう?と。
(メモして下さい)
のびようとする何か:___________
止めようとする何か:___________
 伸びようとする何かは、もしかしたら、何度も何度も、あなたの人生に顔を出そうとしていませんか?止めようとする何かは、こんなコトバで聞こえてきませんか?
「そんなことをしたら、人に嫌われてしまうよ?」
「そんなことは、誰もしていないんだから、やらない方が良いよ。他の人と同じでいたら楽だよ」
「そんなことをしたら、親に止められる、家族に止められるよ」
「そんなことをしたら、組織から排除される」
 こういう声だとしたら、その声をよ〜く聞いて、本当に言いたいことはなんだか、確かめてみてはどうでしょう。
 止めようとする力は、あなたに安定をもたらしてくれました。その出所は親の声や世間の声であったものですが、今はあなたの中にある声です。あなたの中にある声を止めることができるのは、あなただけなんですよ。
 前へ進むには、ブレーキをゆるめるのが、一番エコな方法でしょう。前へ進もうとアクセルを踏みながら、ブレーキを踏み続けてはエンジンが壊れてしまいます。
 伸びる力と止める力の両方の声を丁寧に聞いてみましょう。そして、対話を始め、両方の意見を大切にすることが、持続可能な変化への始まりとなるでしょう。
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【エッセイ】
 東北プロセスワークへ参加していただいたみなさん、はじめまして。プロセスワークに出会い、岳さんと出会い、仲間に出会い、縁あって東北の地で東北プロセスワーククラブをお手伝いさせていただいてます、やす(泰)です。
 プロセスワークに出会ってからは、かれこれ10年程がたちましたが、その奧の深さに取りつかれ魅了されている寡黙な男です。
 今回は東北というテーマでエッセイを書かせていただきました。読んでくださればうれしいです。
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■「東北なるもの」     やす
 東北なるものの印象。東北という土地で生まれ、そういう風土で育って来た僕にとって東北という文化は「沈澱」している、という言葉が印象として思い浮かびます。
 東京など、他の土地へ行くと、日本人は概ね静かな人が多いけれども、東北は特にそういう人たちが多いのではないかなと思うのです。
 
 プロセスワーク(以下PWと略)の深層民主主義*という考え方では、多数派や声の大きいひと、理路整然とした人たちだけが主導権や権力を握るのではなく、「沈黙」している人たちにも焦点をあてようとして行きます。
 こういった考え方は、PWの生まれたアメリカなどでは重要な事なのだと思う。「話すこと」「主張すること」「多文化・多民族の中で社会を成り立たせるためには、互いに明示的に言葉を話さなければうまく社会が回ってゆかない」といった背景があるからではないかと思うのです。
 翻って、僕の住む東北では「沈黙」はわりとフツーの事のような感じがします。静かな人が多くって、うるさい人が少数派です。
 だからといってじゃあ東北の人たち、いや日本人は、主張したり、表現する事を学ぶ事が大切だ、などといわれると、僕としてはとてもうっとうしいなぁと感じるのです。
 PW的には、無理に流れに逆らうよりもその流れをあえて増幅してみる事で面白いことが起こると考えます。
 東北なる「沈黙」は、静けさや、やさしさを感じますが、反対に甘えやネットリとした、しがらみのような「重たさ」も感じられ、それが「沈澱」までしちゃってるという感じがあります。
それなら、もっと下の下まで「沈澱」してみよう。
 そうしたら、深い叡智への洞察、それから「笑い」、「踊ること」、「互いに夢を見ること」そんな所へアクセス出来るんじゃないかな、そして、それってなかなかしっくりくるなぁと思ったのでした。
*深層民主主義:多数決のように多数派の意見だけを聞くのではなくて、関係するすべての声を大切にしようとする態度
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【ワークショップの感想 】
ミキティさんは、前回のワークに初めて参加して下さった方です。感想をいただきましたので掲載させていただきます。
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■「感想」     ミキティさん
 今回、職場の方の紹介で初めて参加させていただきました。
どんなものかも分からず、緊張しての参加でしたが、ワークショップが進むにつれて、心地良く、安心感のある空間に、すっかりひたり、またすごく集中した時間を過ごせました。
 初めての参加でしたが、進めもあって、デモンストレーションを体験させてもらいました。
 わたしは嫌いな人とはきっと交わることが難しいから、当たり障りなく距離を置こうと思っていました。
 しかし、今回、向き合って感じたことは、嫌いと思うと表面にばかり気を取られて、心の奥の本当に伝えたいことが、見えないものなんだなあと気付かされました。
 岳さんが間に入ってくれることで、冷静に自分と相手の立場を見つめ、答えに近づけました。
 結局は自分の嫌なところにもつながっているんだなあとも気づき、もっと自分を愛したら、嫌いな気持ちともさよならできるかなと思ってます。
 初めての経験だったので、口では許すと言っても体が勝手に抵抗したことにも驚きました。
 初めての参加から素敵な経験が出来たことに感謝します。
ありがとうございました。
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この対話の記録は、参加者の謎美さんとのQ&Aの記録からの抜粋です。
楽しくクリエイティブだったので、謎美さんの了解の元、編集の手をいれ公開するものです。
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■【謎美とタケの一問一答】1
▲トラブルは目的があって起こる?ートラブルの意味▲
岳......生きていると様々なトラブルが起こってきますよね。
トラブルとは何でしょう、どうして起こってくるのでしょうね?謎美さんの質問から、それを探ってみましょう。
謎美……私は、最近アパートに入居いたしました。
そこで数々のトラブルに見舞われて困っています。
例えば、トイレの水漏れ、洗濯機排水口の水漏れ、水道水の塩素がきつ過ぎて肌がピリピリする、電話のさしこみ口がない、などです。
これは一見、私の意志で起きているわけではないはずですよね。
 岳さんは「未知の自分が起こしていると考えてはどうか?」と言って下さいましたが、それはどういう意味なのですか?自覚していない自分が起こしている、ということなのでしょうか?どういうつながりで、そのようにトラブルを起こすことができるのですか?
 最初に起こったトラブルのメッセージを受け取らないと、次々と気づくまで問題を起こし続けて行く人は誰ですか?
岳……謎美さん、質問をありがとう。
アパートのトラブル、大変ですね。
 ボクは、トラブルがおこってきたときには、それを排除したい自分があるのを認めた上で、トラブルは、目的があっておこっているのではないかと見立てます。
 日常の自分に対して、自分よりも大きな自分が、トラブルという何かを課題として与えて、何かを学ばせようとしているのではないかと反対側から考えてみるんです。
・・・・・
 つまり、大きな自分が、小さな自分である私へ、何かを学ばせようとしてトラブルを起こしているのではないか。その何かを学ぶ為に小さな自分は、試行錯誤せざるをえない。最初は相手を変えようとするが、それが有効でないことを知り、最終的には自分を変える必要が生じる。と、こういう方程式です。
・・・・・
 こういう世界の見立て方になじんでみると、人はトラブルに見舞われた時、だいたい被害者の立場に最初になるけれど、、そこでも学ぶことさえ学べば、被害者から降りることができるようになる所へ導かれて行きます。
世界への見方がかわり、受け身的な生き方から、自分の立ち位置を自発的に移動する生き方に変化していけるようになります。
 トラブルを排除してしまいたい気持ちは、ボクにもまだまだあります。しかし、排除してもまた、同じトラブルは起こってくるのを体験的に知ると、トラブルに逆らうことは止め、トラブルと共存し学び活かしていく。そうなるとトラブルは、去っています。
安定と不安定、既知と未知、混乱と平穏、それのどちらかに囚われないで行ったり来たりすること、ここにこそ、持続可能な本当の平穏があるのかもしれません。
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■編集後記
なかなか時間がかかってしまいましたが、お手元にとどいた内容はいかがでしょうか。よろしかったら、ご感想やリクエスト、フィードバックをお寄せください。宛先は take.kiriyama1@gmail.com まで。どうぞよろしくおねがいします。
最後まで読んで下さってありがとうございました。